《海外新着情報》

コロンビアから    小西さん           2018年8月

現在、南米コロンビアの首都ボゴタでSVとして活動中の小西です。

職種は、「生産管理・生産性向上」という何とも広大な?職種でコロンビアの中小企業の指導となっているのですが、ここの中小企業が本当にそれを望んでいるのかなあ?と疑問です。

ここボゴタは2640mの高地ですので、赤道が通る国でありながら年中、最高気温が15度前後というおかしな所です。朝晩は少し冷え込むので、雨が降って、風があると寒く感じます。

先日など、コートを着て出勤したほどです。(朝は7~10度ほど)もちろん、オーバー着用の人、マフラーをしている人もいます。それなのに、陽が照ると暖かくなるので半袖の人もいます。半袖の男とオーバー姿の女の子が手をつないでいるという情景もありです。この気温のおかげで、蚊やゴキブリがボゴタにはいません。これが良い所ですが、日本人には何か物足りない感じがします。

しかし、同じコロンビアでも海岸付近に着任した人達は、暑くて大変だとこぼしています。赤道に近いのだから当然ですよね。カリブ海付近に着任した人は、先日40度にもなったと言うことでした。

仕事の方ですが、先日、農業関係の雑誌に、農業分野への改善や5Sの適用というテーマで文章を提出しました。

これが大仕事で、先ずは日本語で文章を作り、グーグルなどを使用して何とか翻訳、それを何度もやり直して、CPに提出、CPがさらに修正してこちらに返却、その直しが気に入らず、それをさらに修正と繰り返したので土曜・日曜も使っての働きでした。提出はしたが、掲載してくれるのかどうか、いまは待っているところです。

また他に、ある学校で8/29に記念講演会があるので、その一人の演者として「改善や5Sとは何か、日本の経営手法」という題で講演することになっています。これも私には大仕事なので時間を要しています。

他には、幾つかの小企業へ見に行き、これからそこへ継続的に指導をすることになるのかどうか、相手の出方を伺っているところです。

というようなわけで、とにかく話があったら、何でもとりあえず食いついて見ようかという感じで活動が始まっています。おかげで、今はとても旅行など行ける余裕がないのが残念です。もっと余裕をもった活動にしたいなあと思うのですが、語学力の不足が何倍も時間を要すようです。仕方ないですかね。

取りあえず、最近の状況です。

皆様がお元気でご活躍くださいますように。

 

Adios.    16/agosto      小西

写真添付、ボゴタの街を丘の上から見た様子(大都会ですが見せかけです)
       独立の英雄の名を冠した、シモン・ボリバル広場

ウルグアイだより   新名壮一     2017年7月

日本の皆様元気でお過ごしでしょうか。ウルグアイでの生活も1年が過ぎましたが、私は元気で過ごしていますのでご安心ください。こちらは今週の月曜日(7/3)よりセマナ・デ・バカシオネス(冬休み(前後の土日を合わせて9日間))で私の活動先も休みですので、それを利用してお便りしています。今こちらの季節は、今、初冬というところでしょうか、最低気温がマイナス1度になったり、最高気温が27度になったり三寒四温を繰り返しています。ところで、6月中はウルグアイの中西部のサルト県やパイサンドゥーを流れる川が氾濫し、5,000名余りの人が避難生活を余儀なくされました。ようやく水が引き始め、自宅に戻ることができた人達が家の復旧に取り組む様子が先日放送されました。去年もそうでしたが、こちらの冬は雨がよく降ります。
以下こちらで話題になっている『ホセ・ムヒカ』のことや、『馬車でのゴミ回収が消えるかも知れないこと』、『タンゴ』、『ストにつて』をお知らせします。

<ホセ・ムヒカについて>

現在のウルグアイの大統領は“タバレ・バスケス”ですがそれ以前2010年から2015年までは“ホセ・ムヒカ”が大統領でした。一昨年日本でも『世界一倹しい大統領』として紹介されました。彼は1935年5月20日の生まれですので、現在82才です。彼の父方の家系はスペインのバスク地方の出身で、1840年頃に移民としてウルグアイにやって来たようです。母方の家系はイタリアからの移民のようです。お年にもかかわらずまだ矍鑠としておられ、ウルグアイ上院議員としてFA(フレンテ・アンプリオ)という左翼政党に所属しその中でMPP(モビミエント・デ・パティシパシオン・ポプラル:国民運動派)会派のリーダーとして議員活動をしています。彼は元都市型ゲリラの闘士で4回逮捕・投獄され合計15年もの間刑務所で過ごしたことは日本ではあまり知られていないと思います。今回こちらのニュースを賑わしているのはウルグアイで1980年代から1990年代にかけてあった左翼過激派による銀行や企業の襲撃事件(『チュパバンダス』と呼ばれています)で、その際に奪った金がMPPに流れたのではないかとの疑惑が持たれ検察が動き始めたとの報道があったことです。それに関しての聴聞会が開かれ、ホセ・ムヒカも証言しました。それを裏付けるような証言や証拠はないということなのでどうも白のようです。

 

<馬車でのゴミ回収が消えるかも知れないこと>

ウルグアイ便り3でお伝えしたモンテビデオの風物である馬車によるゴミ収集がなくなるかもしれないとのことです。車がビュンビュン行き交う道路を馬に荷車を牽かせてゴミの収集を行うのは馬の虐待にあたるのではないかとの訴えが動物愛護団体からあったからのことのようです。馬車によりゴミ収集の写真とそれに代わる三輪自動車の写真を添えます。

<タンゴ>

ウルグアイ便り3で1012日より“MUSEO de VINO(ワイン博物館)”というバーで舞踏家マルセロさんとアンナさんの元で学び始めたことをお伝えしました。ここのタンゴ教室は毎水曜日の午後の8時半から10時までで、練習終了後ピザを肴にワインを飲みながら語らいを持つのですが、帰路につくのはいつも11時頃になりその時間帯にはバスの本数が極端に少なくなり、いつも帰宅が午前1時をまわってしまう状態でした。こちらの方達は宵っ張りが多いですね。私の場合どうしても生活のリズムが崩れてしまい、翌日の活動に差し障りがでるので、先生に事情を話し1月より別のタンゴ教室で習い始めました。そこは“ホベン・タンゴ(若者のタンゴ)”というタンゴ教室で月曜から土曜日まで様々な先生方が教えておられます。私が属しているのは土曜の午後2時半から4時までのクラスで、授業料は1回225ペソ(900円)です。1月後半にアルゼンチン旅行をした際にブエノスアイレスで買ったタンゴシューズを履いて週1タンゴ練習にいそしんでいます。

習い始めて気づいたことは、タンゴには常にステップが決まっているわけではなく、“クルセ”“オチョ・アデランテ”“オチョ・アトラス”“ヒラ”“サングチート”などの技巧(ステップ)を組み合わせて、男性が回りで踊っているカップルの状況を見ながら女性を誘導し、女性にいかに華麗に踊ってもらえるかを考えサポートをしながら踊るものであることが分かってきました。奥が深いです。ホベン・タンゴのある建物と私がいつもペアになってもらっている方達の写真を添えます。

 

<ストにつて>

政府予算案が示されたことを受けてそれに不満をもつ諸組合がストを行っています。教職員組合・スーパー業界組合・ANCAPという『燃料・アルコール・セメント公社』の組合・市の労働組合等がストを打ちました。いつも買い物をしているスーパーが急に休業したり、一部のガソリンスタンドでガソリンを販売しなくなったり、市の至る所にあるゴミ箱からゴミが溢れたりという影響は出ているもののそれほどの大騒ぎにはなっていません。しかし、日本での教職員組合のストは授業開始までにはいつも妥結していましたが、こちらは本当にまる一日休校になります。

ウルグアイより     新名 壮一    2017年2月

<パタゴニア旅行>

パタゴニアは南アメリカ大陸南のチリとアルゼンチンにまたがる氷河で有名な地域で、今回の旅行はブエノスアイレスにある文野旅行社(ブエノスアイレスには他に日本人が経営する旅行社が数社あります)に企画してもらいました(ブエノスアイレスにも3日滞在しパタゴニアにブエノスアイレスの空港から発つ前にバウチャーを受け取りに文野旅行社も訪ねました)。

南アメリカの西側にはアンデス山脈が縦断していますが、そのアンデス山脈から氷河がアルゼンチン側に流れ込み氷河湖を形作っています。今回の旅行ではアルゼンチンのカラファテという街を拠点に観光バスでアルゼンチンとチリの国立公園を巡ってきました。氷河湖の遊覧船から氷河も眺めました。チョイケ(ダチョウの仲間)グァナコ(ラマの仲間)mo

車窓からみました。パタゴニアキツネは餌を観光客からよくもらうのでしょう、ある程度近づいても逃げませんでした。トレッキング中にクロキツツキ・チンゴロコムン、体長が30cmぐらいはあると思われるキツツキが登山道の脇の木をつついていました。アルゼンチンのカウボーイをガウチョと呼びます。牛や羊を放牧しています。 

<サッカーの試合における暴動の裏事情>

週刊誌に暴動事件の解説記事がありました。その中では、最近組織された応援団の中には裏社会とつながりのある者もいるらしいことや暴力組織の抗争がサッカーの試合の喧噪に紛れて行われていること、スタジアムの便所では麻薬の取引がされてること、応援団の中にはそれを生業としている者がいることが書かれていました。

それを読みウルグアイのサッカーの試合にまつわるこれまでの問題の深刻さが理解できました。それに対してバスケス大統領がこの事件を機に関連省庁と協議し、いち早く13箇条の大統領令を出したことも頷けました。

 

<トランプ大統領が作ったメキシコとの壁>

米国の大統領選挙に関しては日本と同じように(インターネットで日本のニュースは見るようにしています)連日こちらでも話題になっています。トランプ大統領が打ち出した大統領令の中ででもメキシコとの国境に壁を築くというものがありましたが、壁が築かれている様子が映像付きで放送されています。日本でのニュースの中には、その国境を越えて合衆国へ入って行くのはメキシコ人が注目されていますが、中米の経済状態の良くない国の人も多くいるというものもありました。

そのニュースを聞き、4年前にマルタさんという女性から実際に自分の姉が収入を得るために命がけでメキシコと米国との間にある国境を越えてアメリカに不法移民として潜り込みニューヨークで働いている話を聞いたことを思い出しました。JICAからボランティアとして中南米に派遣される場合、その派遣が初回の場合には派遣先の国でスペイン語の語学学校に通うことになっています。その女性は、前回私が中米のエルサルバドルに派遣された時の語学学校のスペイン語文法の先生でした。彼女の姉はエルサルバドルから不法移民を米国に送り込む“コヨーテ”と呼ばれる裏の社会のグループにお金を渡し、陸路を途中に潜む追い剥ぎや国境の監視員の目を逃れるため夜は橋の下で眠ったり苦労して米国に渡ったそうです。

その際にこの国(エル・サルバドル)が抱える社会の治安の悪さの原因であるパンディージャ(エルサルバドにいくつかある暴力組織)の問題も話してくれました。失業率が高く働き口がないので貧困層の家庭の親達は多くアメリカ合衆国へ出稼ぎに行くのです。そこで、子供の面倒は残された祖父母が行うので子供に目が届かなくなります。そこへ子供が中学生や高校生の時にそれぞれの組織からリクルートされるらしいのです。組織からの足抜けは死を意味するらしいです。また、治安の悪さには1980年から1992年の12年間に及ぶ内乱も原因しています。内乱により社会は荒廃し、武器が出回りまだ回収されていないものが沢山あるようで、それらはパンディージャの手に渡っているようです。今回ウルグアイに派遣されたとき、エルサルバドルでお世話になった人達や活動先の子供達に会えるのを楽しみにしていたのですが、彼の国の治安は私が活動していた時よりもさらに悪くなり他国で活動するボランティアの渡航禁止国となってしまい、私の願いは叶わなくなってしまいました。

 

 

 

ウルグアイより     新名 壮一    2016年12月

<ゴミ問題>

11月に入ってから活動場所の行き帰りに以前写真でご紹介したゴミ箱が一杯になりその周辺にゴミが散らばったままになっている様子がよく見られるようになりました。そしてそれがニュースに連日取り上げられるようになりました。

モンテビデオ市当局が、市内各地にあるゴミ箱の中に収集されずに残され、ゴミが溢れ回りもゴミだらけになっている状況を改善しようと動いたことに対して、市職員労働組合が反発し給料改善の要求を突きつけストを開始したので状況がさらに悪化したようです。クリスマスシーズンを迎えこの状態がさらに悪化する事を憂慮し、軍隊(陸軍)が自主的に出動して収集にあたった地区もあるようです。尚、昨年末にも軍隊はゴミ収集にあたっており、ゴミが増える時期に臨機応変に対処できない市のゴミ収集体制の脆弱さが今年も露呈されたかたちです。(写真有り)

 

<サッカーファンによる暴動>

ウルグアイの二大チーム『ナショナル』と『ペニャロール』の間で1900年以来毎年行われている“エル・クラシコ”と呼ばれる歴史ある試合があるのですが、今年は去る1127日(日)にモンテビデオのアムステルダム・オリンピックスタジアムで行われる予定になっていました。しかし、スタジアムの入り口が開放され応援団が入場し着席し始めた時にペニャロールの応援団が暴徒化しました。この暴動により試合は開始される前に中止され200名の逮捕者が出ました。その模様を連日放送するテレビのニュースでは応援団の一人がスタジアムの最上段からスタジアムの外に控えている入場整理にあたっていた警官隊に高さ50cm直径30cm10kg近くはあるガスボンベを投げつける様子が放映されました。また、スタジアムの場外でも観戦に訪れていた市民が暴徒化し騎馬警官隊が出動して制圧にあたる様子も流されていました。(写真有り)

 尚、大使館から在留邦人に対して、この試合では例年騒動が起こるので当日スタジアム近辺には行かないようにという通達が出ていたので、日本人でこの騒ぎに巻き込まれた人はいなっかたようです。

また、一連のサッカーの試合における暴力沙汰に対処するためにバスケス大統領は去る1212日(月)に13箇条の政令を発表し、その様子がテレビで放送されました。

 このことからも頷けますが、毎日放送されるニュースではサッカー関係のニュースが占める割合が大きく、ウルグアイ社会の関心事の大きな部分をサッカーが占めているといえるでしょう。普段は礼儀正しいウルグアイ人もサッカーのこととなるとラテンの血が騒ぐのでしょうか。そういえば、活動場所で日本での居住地を尋ねられ大阪であると答えたとき、「セレッソ大阪はご存知?ディエゴ・フォルランというウルグアイ出身の選手がそのチームでプレーしていたのよ。」(彼は今、ウルグアイの名門チーム“ペニャロール”でプレーしているようです)という言葉が返ってきましたっけ。

 

<バスケス大統領の中国訪問>

1012日(水)から21日(金)にかけてバスケス大統領は4人の閣僚と30社以上の企業代表を引き連れて中国各地を訪問し、習近平や王副首相と会談を行いました。この国は中国と19853月に外交関係が樹立して以来31年近くの国交がありますが(日本とは19219月に外交関係が樹立しています)、近年は緊密さを増し中国は現在ウルグアイにとって一番の貿易相手国になっています。スーパーに行っても日用品等で中国製品が多く並んでおり、クラシックギターも日本のヤマハやフランス製・スペイン製等に加え中国製が楽器店に並んでいます(私はこちらに着いて早速クラシックギターを購入すべく中心街にある楽器店を何軒も回りました。当初ウルグアイ製のギターを買おうと思っていましたが、高くて(1500米ドル以上しました)手が届かず、300ドル前後の予算で何台も試奏した結果、ヤマハや他の国のものより作りがしっかりし操作がしやすく音色も良かった中国製を購入しました。銘柄はコルトです。洒落たソフトケースも付いており、日本における中国製品でよく言われる“安かろう悪かろう”ではありません)。中国は多くの南米諸国に進出しているようです。

ちなみに、バスケス大統領の日本訪問は11月3日(木)から7日(月)にかけてで、上智大学で講演を行い天皇陛下と謁見し安倍首相と会見して帰国しました。

習近平主催の晩餐会でのエピソードですが、食後のデザートも出され宴も終わりを迎えようとしたときに中国のオーケストラはウルグアイ人が作曲したタンゴの名曲“ラ・クンパルシータ”を演奏しました。その時バスケス大統領はアンコールを頼み、再び演奏された曲に合わせてお連れのANCAP(燃料・アルコール・セメント専売公社)代表のマルタ・ハラ女史と一緒にタンゴを披露したそうです。ダンス終了後習近平は二人に駆け寄り大統領のタンゴの腕前を褒め称えました(写真あり)。中国外交の『近隣諸国にはハードでその他の国々にはソフトで』という姿勢が窺えます。

 

<私の活動場所>

私は自閉症児父母協会(アウパイAUPPAIAsociación Uruguaya de Padres de Persona con Autismo Infantil)が運営する施設で午後1時から6時までお手伝いや助言等を行う活動、自閉症等に関する著書の紹介等をしています。これから日本の障がい児教育に関するプレゼンテーションをする機会を設けて、こちらの自閉症児教育の参考にしてもらえればと考えています。

・施設の建物は幹線道路“イタリア通り”沿いにあります。道路ではかなりのスピードで車が行き交っています。先月には施設のすぐ前の信号のない交差点で車とバイクによる衝突死亡事故がありました。ですので、飛び出しを防ぐため生徒達が登園した後、門は施錠されます。生徒達の中にはセッションを受けない日もあるようです。セッションがないときは教室に置いてある玩具で遊んだり、中庭の遊具で遊んだり、寝て過ごしたりしています。

・日本の自閉症児でもそうですが、生徒の中には排泄が自立していない生徒もおり、自傷・他害を持っている生徒、パニックを起こす生徒もいます。生徒が他害を行ったりパニックを起こした場合にも体罰を行うことはないですが、先生方はかなり激しい口調で叱っています。

・月曜日・金曜日は希望者に料金をとって公立のプールへ連れて行く水泳教室を提供しており、火曜日にはこれも希望者に料金をとって陸軍の乗馬学校の乗馬セラピー教室に連れて行っています。

・施設には通園バスはなく、生徒達は親や親に頼まれた人による送り迎えで通園しています。従って天候が悪い日にはやってくる生徒は極端に減り、全員が登園している日はほぼないと言っていいでしょう。

5時を過ぎると食堂で家から持参したおやつを食べ、それが終わると親達の迎えを待ちます。

・施設は国や自治体の援助と親からの利用料や少額だろうと思いますがバザーやビンゴ大会による収入で運営されています。

生徒達は本当に可愛く、仲良く遊んで過ごしています。毎日彼らの顔を見るのを楽しみに通勤しています。

 

<ウルグアイの小鳥>

 

ウルグアイにはカラスはいませんが日本でも見られるカモメや鳩・インコ・雀・ツバメが飛んでいます。ツバメは渡りをする種類なのかは良くわかりませんが、夏が近づき最近よくみかけるようになりました。以前活動場所へは歩いて通っているとお話ししましたが、今回はその際に至る所でよく見かける茶色の小鳥を紹介します。体長は雀より一回り大きい20cm位で名前はピカベイ(picabuey)と言います。ちょこまか歩き回る姿が大変愛らしくいつも眺めては癒やされています(写真有り)。

*このページでは、海外で活動中の方、1年以内に帰国した方の原稿を

 募集しています

  jicakinkiov@yahoo.co.jp に、メールで投稿をお願いします。

 

過去(2年以上前)の活動報告は、別途新設する「海外情報」

 のページに掲載しますので、同様にメールで投稿をお願いします。

 

*なお、編集の都合で、文章は8百字以内、写真は3枚以下、文章と

 写真はファイルにしてメールに添付して下さい。

 

*編集委員会が、事前に連絡の上、原稿に手を加える場合があります。